研究概要

当研究ユニットについて

本研究は、渋谷および青山を緩やかに連続しつつ今まさに形成途上にある一体的な都市領域(以下、「渋谷-青山領域」と呼ぶ)と捉え、その空間的・機能的・経済的・文化的な構造を歴史的な観点から明らかにするとともに、多分野の専門家および当該地域で重要な役割を果たしつつある民間企業(具体的には東京急行電鉄、以下「東急」と略)との緊密な研究連携体制のなかで今後の望ましい領域形成の方向性を展望することを目的とする。

当面の目標は青山学院大学に従来存在しなかった新たな渋谷-青山都市領域研究の総合的な拠点を形成し、将来の領域形成に大学が一定の貢献を果たすための橋頭堡を築くことにあるが、将来的には都市ガバナンスの当該地域における官・民・学の知の拠点構築を目指す。

渋谷-青山領域は1964年の東京オリンピックを契機に大きく変貌し、江戸・近代東京を継承する日本橋・銀座などとは異なる魅力と洗練された都市文化を育むトポスとして成熟を遂げた。2020年の東京オリンピックは当該地域がふたたび新たな地平へ躍進するための大きな都市的展開が期待できるチャンスである。本研究は一大イベントを間近に控えた青山学院大学を含む渋谷-青山の未来を占う重要課題に、大学として総力を挙げて取り組むべき本格的研究プロジェクトとして位置づけられる。

学術的背景、学術的意義

①都市領域史の視点:
本研究はここ四半世紀にわたって日本史・西洋史・東洋史との学的連携のなかで建築分野からわが国の都市史研究を牽引し、2013年にはわが国初の都市史学会を創立した伊藤毅が近年提唱している都市史から領域史への研究上のパラダイムシフトを前提としている(研究業績 伊藤【2015】)。
都市単体ではなく、都市を取り巻く耕地や未利用地などをも包摂する総体としての都市領域、また複数の都市群によって形成される星雲状の都市領域を歴史的な複層構造として捉え直す研究視角は最先端のものであり、現在多くの成果が蓄積されつつある(伊藤【2017、2018】)。
本研究の「渋谷-青山都市領域」という視点は、まさに上記の研究動向を反映したもので、都市空間を単体としてではなくその隣接領域との双方向的連担性から描こうとする新規性を有している。この研究視角からユニットリーダーは初年度に科学研究費への応募を予定している。

②近代都市史のなかの渋谷-青山:
当該地域は近世では江戸朱引外の西郊の農村地帯にあって武家屋敷が散在するほか大山街道や地域内往還沿いに小規模な街村が存在する程度であったが、関東大震災以降私鉄資本が集中するターミナル駅となり郊外住宅地形成の中核としての位置を占める。渋谷周辺には輻輳する交通ターミナルにふさわしい都市集積が進展した。
この時期の既往研究は主として郊外地住宅形成に焦点があてられてきた(たとえば、山口廣【1987】、高嶋修一【2013】)。しかし山手線拠点駅周辺の市街地化形成についてはまだ研究蓄積が少なく、東京では初田香成【2011】、石榑督和【2016】、Izumi Kuroishi【2017】が闇市とターミナル形成、大衆文化圏形成について論じている以外には目立った成果を見ていない。
また青山周辺に第二次世界大戦後数多く建設された公営住宅や社宅、東京オリンピック以降目立つようになる欧米風の名前を冠したレジデンスやハウス(現存するヴィンテージ・マンションはファッション業界などによって積極的に使いこなされている)の研究はまったく存在しない。すなわち近代都市史の対象としてみた渋谷-青山はほぼ未開拓の領野であると言ってよい。

③現代都市論と渋谷-青山:
現代都市の動向については都市工学、都市経済学、経営学などの分野に一定の蓄積があるが、基本的には都市のプロパティ・マネジメントやマーケッティング・リサーチなどの定量分析が先行しており、都市領域あるいは文化領域としての質を引き出すような定性的分析が不十分である。本研究はGISなどの先端的なマッピング手法を全面的に採用しながら、当該領域の都市文化構造および空間構造を明らかにする。井上孝は都市の人口動態についてGISを使って多くの研究蓄積を行っており、その手法を本研究にも援用する。

④大学都市の視点:
大学と都市との関係は古くて新しいテーマである。斯界の第一人者樺山紘一氏とともに伊藤が近年上梓した『東京大学が文京区になかったら』(NTT出版、2018年)は大学と都市の密接不可分な関係を教育・産業・交通・文化の多面体として明らかにした試みである。青山学院大学は渋谷-青山領域形成にとって不可欠な要素であって、学院の歴史はキャンパス史にとどまらない。大学都市という視点がいまや要請されている。

⑤学際性と産学連携が生み出す新機軸:
本研究はそのスタートとしてまずは建築・都市分野と経済分野の連携を構築する。従来、建築・都市分野と経済分野は都市史研究においてかなり近接した領域であったが、本格的な学際研究の成果が出てきたとは言いがたい。
今回、はじめて両分野の気鋭の研究者が連携し、新たな都市領域論に挑戦しようとすることは研究史上画期的な出来事である。建築・都市と経済学はたとえば「社会的共通資本論」からみた都市というテーマでも親和性が高く、今回メンバーとして参画する経済学の研究者は住環境や都市空間への理解が深い都市史専門家である。また黒石いずみ、永山のどかはそれぞれアメリカ・オランダ、イギリス・ドイツの近代都市と生活空間の研究を蓄積してきており、海外研究者とのネットワークも豊富に有している。こうした点から学際的広がりは今後さらに拡充することが期待できる。
本研究プロジェクトに参画する予定の東急は、渋谷の近現代化を支え、さらに良好な郊外住宅地形成にも寄与してきた企業であって、渋谷-青山の今後の主要なステークホルダーとして重大な役割を担っている。メンバーのうち高嶋はすでに東急電鉄と共同研究をスタートさせてきており、新たなまちづくりの実践的経験を活かしつつ本研究を格段に有意義なものにしていくための協力が得られるものと期待される。すなわち学際性と産学連携のための下地はすでに整っている。